愛知県医療ソーシャルワーカー協会は皆様の事を第一に考え、最善最良の方法を一緒に考えていく団体です。

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広報誌 -三役・理事からのメッセージ-
 
 

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三役(会長 黒木信之)からのメッセージ
三役(会長 黒木信之)からのメッセージ
三役(副会長兼事務局長 佐藤和子)からのメッセージ

三役(副会長兼事務局長 佐藤和子)からのメッセージ
三役(副会長 医療法人愛生会総合上飯田第一病院 片岡幸雄)からのメッセージ
三役(副会長 名古屋大学医学部附属病院 鈴木規夫)からのメッセージ
三役(副会長 村居巌)からのメッセージ
三役(副会長兼事務局長 佐藤和子)からのメッセージ

理事(善常会リハビリテーション病院 小島崇)からのメッセージ
理事(介護老人保健施設ハビリス一ツ木 大羽基貴)からのメッセージ
理事(老人保健施設みず里 竹内晴美)からのメッセージ
理事(岡崎市民病院医療相談室 松井康裕)からのメッセージ
理事(知多市民病院 水野幸)からのメッセージ
理事(総合大雄会病院 長尾貴子)からのメッセージ
理事(介護老人保健施設フジオカ 小出暁子)からのメッセージ
理事(医療法人木戸病院 川口紀子)からのメッセージ
理事(佐藤病院 菊地和弘)からのメッセージ

理事(新生会第一病院 山下純子)からのメッセージ
理事(豊田地域医療センター 山内聖)からのメッセージ
理事(メディコ春日井 水野愛)からのメッセージ
理事(介護老人保健施設 あおみ 坂口邦彦)からのメッセージ
理事(渥美病院 大場智沙子)からのメッセージ
理事(介護老人保健施設フジオカ 加藤卓司)からのメッセージ
理事(メイトウホスピタル 松村香織)からのメッセージ

理事(総合大雄会病院 阿部沙織)からのメッセージ

理事(西尾病院 高須雅人)からのメッセージ

 
 

三役からのメッセージ

 

会長 黒木信之

この度、会員の皆様のご協力で第3回愛知県医療ソーシャルワーク学会を開催することができました。理事や運営委員の皆様には大変ご苦労様でした。
愛知県、名古屋市、愛知県医師会、名古屋市医師会、愛知県病院協会、社会福祉関係団体、社会福祉系大学等多くの関係機関のご後援を賜り心より御礼申し上げます。また今回は、東海ブロック研修会との共催になり三重県、静岡県、岐阜県、山梨県や他県からも多くの方々にご参加いただきました。
記念講演は、県立広島大学の村上須賀子先生に「ソーシャルワーカーの社会的責務を考える」テーマでお話いただきました。厚生省の被爆者の生活史を聞く仕事に携わったこと。そこで被爆者から、被爆体験を聞く中でMSWになる決心をしたこと等自分史を通して、生活史を聞く大切さや援助のスキルについてお話されました。被爆者の中には、心に大きな傷を持ち罪意識のある方が多く見えることは驚きでした。
弁護士の熊田均先生には、「今日から役立つ法律知識」でMSWが毎日苦慮している問題に対して実践的な解決の方法をお話しいただきました。2日目は、4つの分科会が開催され約30の演題の発表があり熱心な討議が行われました。2日間に渡り300名を近い参加者があり盛会の内に終えることができました。
2月13日、平成20年度の診療報酬の改定案が中医協から発表されました。この中にMSWにとって恐れていたことが現実化しました。療養病棟や一般病床の後期高齢者に対する退院調整業務が看護師、社会福祉士に点数化されたことです。このことは、社会福祉士を持たないMSWを医療の現場から排除することでもあります。また、退院調整看護師の存在が公に認められたことです。まさに現場では看護師と退院援助をめぐって競争社会に突入しました。これから本格的に看護協会が退院調整看護師の研修をはじめます。医療の分野で働く養成が何もされていない社会福祉士が、養成された看護師と競争になります。全国約5,000人のMSWは、実力があっても社会福祉士の資格がないことで、リストラされ、実力のある看護師に職場を譲ることになります。このままでは、医療から福祉は消えます。MSWの国家資格化へ向けて活動を急ぐ必要があります。都道府県のMSW協会は、今こそ真剣にこれからのMSWのあり方を問わざる得ない状況になりました。全国医療ソーシャルワーカー協会連絡協議会にご参加いただき多くの課題を共に検討していけたらと思います。

 

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会長 黒木信之

台風4号が近づく嵐の中、平成19年7月14日(土)名古屋第二赤十字病院で全国医療ソーシャルワーカー協会連絡協議会の発足式と代表者会議、記念講演会が開催されました。

北は北海道、南は九州まで全国から協議会の発足に多くの方々にご参加いただきましたことに厚く御礼申し上げます。連絡協議会は、昨年5月26日、愛知県、三重県・静岡県の3協会会長の呼びかけで第1回設立準備会をつくば市で開催いたしました。第2回は、同年12月9日、名古屋市、第3回は6月16日〜17日の2日間、名古屋市で開催いたしました。今年の2月に7月14日の発足式と代表者会議の開催案内と趣意書を全国の都道府県協会長に送付いたしました。

この度の代表者会議には、総会決定して参加いただいた正会員(議決権を持つ)の県が6県(現在の会員数1362名)、愛知県、広島県、三重県、富山県、岐阜県、岩手県。オブザバーで参加いただいた7府県、熊本県、佐賀県、福岡県、島根県、大阪府、静岡県、宮崎県(台風で欠席)と合計13県が参加いただきました。代表者会議では、規約、活動方針、予算、役員を決定いたしました。連絡協議会の会長に私くしが推挙されましたことをご報告させていただきます。会長職の重責をひしひしと感じております。連絡協議会は、医療ソーシャルワーカー(以下MSWと略)の未来を決める大事な組織です。この組織はまだまだ、未熟な組織であります。今後、皆様とともにMSWの未来を変えられる大きな組織に育てていきたいと思います。MSWがこれからも働き続けられるような環境整備と教育、養成、実習等のあり方について皆さんとともに課題の解決へ向けて努力する所存です。

そのためには、関係機関へ働きかけてMSWの国家資格化の可能性を追求したいと思います。今こそ、現場のMSW達が立ち上がる時です。自分達の働きで自分達の報酬が得られるような業務にしていくことが最大の課題です。このことは、様々な問題をもつ患者・家族のために、これから情熱を持って安心して働きたい若者達の問題です。都道府県協会がまとまれば、10年前に精神保健福祉士の国家資格ができたように医療の中の自分達の国家資格はできるのです。国は、MSWの国家資格はできないと一言も言ってません。
今後とも皆様の絶大なるご支援により、生まれたばかりの連絡協議会が日本の医療の中に根付き、頼りがいのある組織として育つように共にがんばりましょう。まだ加入さてれていない都道府県協会の皆様、是非とも力を合わせて自らの手でMSWの国家資格を作ろうではありませんか。

 

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副会長兼事務局長 佐藤和子

 最近私が関心を持っているのが「MSWの記録」である。医師は「POSやSOAP」看護師は「SOAPやフォーカスチャーチング」などの記録法で書けるよう訓練される。看護師の記録については、先輩がチェックしてOKが出るのに3年くらいかかるそうだ。現場で課題を正確にとらえ、解決策を示し、実施し、次へ繋いでいくためには、記録は必要不可欠である。
 では、MSWの記録についてはどうだろう。1クライアント1記録はもちろんであるが、担当者が机の中に持ち込み、他のMSWの目にさらされることも少なく放置状態になってしまっているのではないだろうか。面談の記録も先延ばしにされ、メモのまま詳しい中身は忘れてしまうことはないだろうか。また、伝えなければいけないことがうまく表現されず、だらだらと要点を得ず記載されている記録もあるようだ。クライアントとたまたま出会ったMSWがその人の主担当だとしても、その人のモノではない。もし、主担当MSWがいなくてもきちんと対応できるためには、我々は何をしなければならないのだろう。20年30年前の入院期間が長く経過の長いクライアントの記録と、現在の平均入院期間2週間という超スピード退院時代の記録と同じ手法でいいのだろうか。また、電子カルテの記載方法や記録様式の検討も含め、ぜひ我が協会で今後取り組んでいかなければならないことだと思う。

 その他、業務統計様式・方法の検討、複数MSWの業務の分担のあり方、退院コーディネーターとの業務の連携のあり方など、やらなければならないことは山積みである。さらには、初任者研修だけではなく中級者の研修、スーパービジョンにも力を入れていくべきであろう。
 求めたいものはいろいろある。ただ、今の協会は現在の運営でアップアップであるのも事実だ。へたをすると、事業の縮小もやむを得ないかもしれない。以前にも書いたことがあるが、協会活動に関わってもらえる中堅MSWがいないことが、大きな要因である。現在の理事体制は、高齢化と若年化の二極化である。中堅層がほとんどいない。このままだと、町内会の役員のようにとりあえず2年間辛抱して務めてもらう若い理事が、歴史や継続性もなく、とにかく目の前の事態に取り組む協会活動に陥ってしまうのではないかと、年寄りはいらぬ心配をしている。更なる協会の発展・充実のために、中堅者諸君、協会活動にぜひとも参加して次世代を担っていただきたい。

 

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副会長兼事務局長 佐藤和子

 暖冬の影響かあまり潔くない散り方をした桜の季節も終わり、新しい年度が始まった。MSW暦30年以上にもなると、あと何年と残りを数えるようになる。現在MSW協会には、50歳以上の者が老体に鞭打ってがんばっているが、あとのことを考えると心配なことがある。30歳後半から40歳台のMSWの協会活動への参加が少なく、今後の活動に支障が出てくるのではないかと思われる点である。
 理事は各ブロックで適当と思われる人を出してもらっているが、やはり若い人だけだと今までの歴史を踏まえての塩梅というものがわかりにくい。新旧とりまぜての取り組みで、後に伝えていくやり方が必要であろう。30歳後半から40歳台のMSWのみなさん、そろそろこのへんで私の出番かと奮起していただきたい。
 ソーシャルワーカーの得意とする技法にネットワーク形成や組織化があげられる。協会活動に携わることで、この技法が磨かれるというオマケも付いてくる。また、人脈も豊富になり、人的資源が増えるという効果もある。協会活動の中での先輩の発言はたまにキラリと光る発言が飛び出すこともあり、そのキラリ発言を待つことでワクワクすること請け合いである。他協会や他団体との交流も増え、社会資源も上乗せされる。更に、協会が主催する研修会も多く、学ぶ機会には不自由しない。各ブロックでの研修企画もさまざまで、自分に欠けていた知識に気づかされることもあり、参考になることが多い。
 協会活動での企画に取り組む経験が、病院という組織の中でのMSWの存在のアピール方法、システムの中でのMSWの役割の効果的な果たし方という学習の機会にもなるのではないかと思っている。
 以上いろいろ誘い文句を並べたが、協会活動に携わって良い経験になったという意見を多く聞く。ぜひ30歳後半から40歳台のMSWのみなさん、次回の選挙で立候補して有意義な経験を分かち合いましょう。

 

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副会長 医療法人愛生会総合上飯田第一病院 片岡幸雄

 新しい年2007年を迎えました。今年は、好むと好まざるとに関わらず「転機の年」になるのは明らかです。理由としては、昨年のいくつかの関連する出来事が、今年は実際的に動きはじめること、さらに加速することからです。
 第一に、社会福祉、医療保険、介護保険制度の改悪の波の影響が如実にでてくること。さらに貧困と格差が広がりをみせることになるのです。「ワーキングプア」という言葉を聞きますが、働いても生活できる賃金を得ることができない。これ事態異常ですが、そんな人が生保を受けたいといっても簡単には受理してもらえない実態があります。病気になっても安心して病院にかかることができない。転院援助や入所相談に応じている会員の多くの方は、これまでも経済的理由で苦労した経験があると思いますが、今後は、そういった相談が増えてくることは必至です。
 第二に、昨年、厚生労働省は社会福祉士制度の見直しに取り組み、社会福祉系大学等も同調して動いています。その結果、今年は法改正が行われます。その中に「専門社会福祉士」制度の新設が入っています。一部の学校関係者等はそこにMSWを入れたいようですが、社会福祉士法の立法過程と今日に至る経過をみても難しい問題といえます。昨年、診療報酬に社会福祉士が位置づけられましたが実効性はありません。根拠立てができないのです。このことは実習施設に病院等を入れる論議のなかで明らかになっていることです。
 第三に、社会福祉士の実習指定施設に病院、老健施設等が加わったことから、今年は実習希望の学生が押し寄せてくることになりそうです。受け入れる側として体制は整っているでしょうか。必ずしもMSWになりたいといってくるかもわかりません。深刻なのは、実習を受けても社会福祉士国家試験に不合格になったら無駄になりかねないのです。
 新年早々、しんどい話しばかりですが、それは私たちだけではなく、国民すべてが同じ(ような課題をもっている)といっても過言ではないでしょう。逆にいえば、逆境にめげずに、今こそ私たちMSWの出番なのだと思いたい。患者・家族の抱える生活問題の解決ないしは軽減、生活を保障する取り組み、援助を展開するのがMSWの役割であると思っています。そのための力量を資質を身につけなければなりません。その1つに第2回愛知県医療ソーシャルワーク学会が位置づけられるでしょう。

 

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副会長 名古屋大学医学部附属病院 鈴木規夫

 昨年は資格制度化委員長として、そして今年は担当理事として資格制度化の問題に関わっています。私は学生の時の卒論のテーマが「MSWの資格制度化」であったため、医療ソーシャルワーカーとしての私の歴史は資格制度化の問題と伴に現在に至っている。資格制度化問題は、私にとってライフワークとなってしまった。

特に今年は医療機関が社会福祉士の実習指定施設に加えられ、かつ診療報酬に載るなどの変化がみられ、医療ソーシャルワーカーの資格は、いよいよ厳しい環境に追い込まれたと感じた会員が多いと思う。

医療社会事業協会や日本社会福祉士学会等は、社会福祉士(国家資格)を基礎資格として、その上に各専門分野の専門資格(専門職団体認定)をプラスオンすること、具体的には社会福祉士+医療福祉で、社会福祉士=医療ソーシャルワーカーの専門職としての業務は維持できると考えているようである。こうした動きが社会福祉士の職域拡大となり、大勢を形成していると評価される理由であると思われる。

現状しては、残念ながら社会福祉士を養成する側の論理だけが取り上げられ、受け入れる側の状況や意見が資格制度化に反映していない問題点を抱えたまま今日に至っている。

愛知県医療ソーシャルワーカー協会は現在の資格制度化の流れが日本医療社会事業協会によって作られてきてしまった反省に立ち、都道府県協会の横の連携を強めることによって、事態は変えることができると考えている。病院における職種別従事者数によると日本医療社会事業協会の会員数は3040(医療機関所属1915)、それに対して都道府県協会は9120人である。(2004年病院報告)都道府県協会の半分を組織するだけで日本医療社会事業協会を超える勢力となる。医療ソーシャルワーカーの資格化は日本医療社会事業協会の反対によって実現しなかっただけで、日本医療社会事業協会に代わる医療ソーシャルワーカーの組織を作り上げれば事態は変えることが出来る。

今回、厚生労働省が実習指定施設に医療機関を追加する際に、「受診・受療援助」は「病院・診療所で行われる社会福祉士に関する相談援助ではない。」との理由から「社会福祉士試験に当たって必要な実務経験のうち病院等における相談援助業務の範囲の見直しを行なわない。」とした。この点は厚生労働省が「社会福祉士≠医療ソーシャルワーカー」と捉えていることを具体的に示すものである。今までの厚生労働省の一貫した主張は医療ソーシャルワーカー業務指針に示されている。それを変えていないとしているのであるから、私たちの主張を受け入れる素地は、今日に至っても厚生労働省の中にもあると確信している。

 

 

副会長 村居巌

 平成19年度も残りわずかとなってきました。今年度は、当協会が中心となり、全国医療ソーシャルワーカー協会連絡協議会(以下,全国協議会)が7月14日、フランス革命と同じ日という歴史的に意義深い日に結成されました。また台風の接近にも関わらず、多くの会員や他府県協会の方々にご出席いただきました。誠にありがとうございました。
当協会が台風の目となり全国の都道府県協会と協同して、全国協議会の目的である「医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)が誇りを持って自分の仕事ができるよう環境整備する上での様々な課題について、相互理解と共通認識を深め、その解決に向けた行動の指針を示して」いきたいと思います。これを実行していくためには、会員の皆様のご意見とご協力が必要不可欠です。会員の皆様が日常的に抱えている課題や問題点、当協会や全国協議会に期待することやご意見等を、協会事務局または全国協議会事務局(名古屋第二赤十字病院医療社会事業課内)に是非いただきたいと思います。
また、12月8日には、全国協議会の第1回研究大会を開催いたしました。大会テーマは「医療ソーシャルワーカーの労働条件」として、基調講演は「今日の医療制度改革と医療ソーシャルワーク機能の変容」というテーマで皇學館大学社会福祉学部教授の山路克文先生にご講演をいただきました。第2部の討論会は、話題提供者として、新潟県精神保健福祉士協会会長で茨内地域生活支援センター施設長の岡部正文氏をお招きし、新潟県内のMSWと精神保健福祉士によるアンケート調査を基にした労働条件や労働実態についてご報告をいただきました。
参加者は当協会会員、三重県、静岡県、岐阜県、宮崎県、福岡県、広島県、岡山県、島根県、徳島県、兵庫県、大阪府、滋賀県、富山県、新潟県、東京都から合計で74名の参加をいただきました。
この講演・討論会で、私が印象に残ったことは、給与(賃金)の問題でした。新潟県のアンケート調査の中でMSWとして仕事をしても、所属機関により受け取る給与の金額には格差があるという結果が出ていました。また所属機関の設置主体が民間か公立かによっても格差が生じている結果が出ていました。給与の問題は、個人の満足度により評価されるものでもあるため、一律に金額だけで評価できるものではないと思います。しかし、山路先生の講演資料の中に『民間企業の給与は「職能給」が一般的である。その給与を確定することを人事考課という。人事考課には、「職務知識要件書」と「職能資格基準書」という物差しが必要。この物差しが、専門職制とその専門職能の評価が価格=賃金を確定する。MSWには、この物差しが存在していない。現状では医局や看護部、事務部門、地域連携室等々MSWの所属する部署に統一性がない。つまるところMSWの実務価値は、個々の医療機関のニーズによって決められている環境が改善していない。本来のMSWの姿を追求していく場合は、個々の機関のMSWの個人的力量に頼っているのが現状ではないだろうか。』という記載がありました。MSWには国家資格がないために、標準的な賃金を決める物差しがない。そして、物差しが無いから賃金格差が生じている。その実態が、新潟県のアンケート調査の結果に表れているのではないかと思いました。
会員の皆様もご自分の職場の労働環境を見直してみて、MSWの労働条件と国家資格について改めて考えてみて下さい。

 

 

副会長兼事務局長 佐藤和子

 超少子高齢化時代がやってくる。後期高齢者医療制度ができるとか、2011年度までに療養病床が解体され、20万床が施設に変換されていくとか、まさに激動の時代である。
こんな時代だからこそ、退院・退所時にきちんとアセスメントし、足りない在宅・施設サービスを作り、本人・家族と本音で話し合える退院・退所援助ができるよう、我々MSWががんばる必要があると思う。
時代の後追いをするのではなく、退院・退所後の地域での受け入れ体制作り、施設の役割の明確化について、我々ほど現実的なアドバイスのできる職種はないと思う(しかし、また、我々ほど自分たちの仕事をアピールするのが下手な職種もないが・・・)。いきあたりばったりの退院・退所援助ではなく、適切なアセスメントを行い長期目標を定め、それを目指していくための短期目標を本人・家族、地域のケアマネージャー・施設の関係者を含めたチームで共有し、実施していく。その積み重ねが、地域を巻き込み施設を巻き込んで、新しい利用者中心の地域におけるシステムを作り上げていく。
 外を向いた活動もさることながら、施設内での研修の必要性もひしひしと感じている。退院までの流れを看護職と共有するために、事例を用いたワークショップを行った。かなり医療処置の必要な事例であった。退院するまでに必要な家族指導・必要物品・必要なサービスは何か、グループで話し合ってもらった。しかし、自宅では、病院のように、吸痰の際、一回ずつすべての物品を使い捨てなどできない。また、理想的なプランをたてたとしても、実際に行われないプランでは意味がない。費用のことも重要である。
介護保険や自立支援法などのサービスも含め、本人・家族が納得する現実的な退院・退所援助をするために、どうしても我々の存在が必要であると他職種も地域も認めてくれる研修や実践を積み上げていく。そのためにも、相談室でじっと待っているのではなく、フットワーク良く、頼もしい調整のプロになって欲しい。

 

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理事からのメッセージ

 

善常会リハビリテーション病院  小島崇

1枚のファックスによって依頼を受け、今回「理事からのメッセージ」ということで文章を書くことになりしたが、本年度から理事という大役をいただいたという事でまだ日が浅く、「メッセージ」などという大それたものも書けそうにありません。新鮮な気持ちと不安感とが入り混じっているというのが正直なところです。

 総じて組織の運営は並々ならぬ苦労があるものですが、今回初めて理事をやらせていただいて、まずもってこれまで運営されてきた方々への畏敬と感謝の念をもちました。自分はこれまで協会の活動にも積極的であったわけではありませんが、今回初めて全体的な視野をもって考えるようになり、協会の運営も他人任せであったような自分を反省しつつ、少しでもよりよい運営のために貢献できればと思っています。

 MSWとなって5年目で自分も中堅と呼ばれる年にもなってきましたが、今も日々の業務に追われてしまい、MSWのあり方を見つめ直すことも怠りがちです。今回理事として協会を見渡し、また研修の運営にも携わるなかで、他の先輩理事や協会のみなさんとのつながりを通して、あらためてよりよいMSWの姿を考え、そこからより多くの方のお役に立てるような研修を運営していければと思っています。

 自分はずっとラグビーをやり続け、今も時間をみつけてプレイしています。よく言われる言葉ですが、そこには「One for All , All for One」の精神が息づいています。今回理事として協会運営に携わるなか、あらためて職場においても協会においてもその精神の大切さを思い起こしているところです。どうぞよろしくお願いします。

 

 

介護老人保健施設ハビリス一ツ木  大羽基貴

今年度より研修担当として理事の仕事をさせていただくことになりました。これまで協会の活動には時々研修に参加する程度で、あまり積極的ではありませんでした。しかし、今回理事の話をいただいた時に思ったこととして、これまでの消極的な姿勢に対する自分自身への反省、また私自身の職場だけの仕事に留まらず、この機会に他の職場の方々との共同による各事業に参加することで協会の活動に少しでも貢献できればとの思いから引き受けさせていただきました。
 しかし、いざ理事になって思ったことは、その責任が想像以上に重く、果たすべき役割も十分分からないことからくる不安や焦りでした。また、今日の協会がもつ勢いやパワーに、これまでの理事の方々の並々ならぬ熱意と尽力があることを痛感しました。そのため、まずはできる限り足を引っ張らないように先輩理事の方々に付いていきたいと思います。
 このような心境はどことなく就職した頃によく似ている気がします。私の勤める医療法人豊田会は急性期病院、療養病床、介護老人保健施設、在宅介護支援センター等からなるいわゆる複合体を形成しています。就職した当時は、急性期病院しかなくMSWも5人でした。社会人1年生で右も左も分からない状況で主治医や師長と協議することへの不安、しかし何かを成し遂げたいという情熱はきっと今よりも強く(?)、空回りすることが多かったように思います。そうした時の先輩の助言ほど効き目のある薬はありませんでした。しかし今では私自身がその頃の先輩の年齢に達してしまい、先輩よりも後輩の方が圧倒的に多くなっているという現状に時間の流れの速さを感じるとともに、言いようのない切なさも感じています。
 この10年間で、MSWの業務も確実に社会情勢の影響を受けています。しかし、生活問題に困っている方々と出会い、援助していくというMSWの姿に変化はありません。そうした患者・家族の方々に少しでもよい援助ができたらという思いは今後も大事にしていきたいと思います。
 MSWとして求められる力量や期待は年々高くなっていると思います。私は理事1年生ですが、他の理事の方々との今回の必然の出会いを大切にし協力しながら、みなさんのお役に立てる研修を企画できるよう頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

 

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老人保健施設みず里  竹内晴美

本年度より、研修を担当させていただきます。なにぶん理事は初めてのことですので、わからないことだらけで、右往左往致しております。緒先輩理事の方々、会員の皆様のお力添いを頂きながら、なんとか自分の役目を果たしていきたいと思っております。
 この度は「理事からのメッセージ」ということですが、理事となり日も浅く、「理事から」と言えるほどのものもまだ自分の中では出来上がってはいないので、理事となってみての率直な感想を述べさせて頂きます。
 まず、この組織の運営の為に、これほどの人手と労力が費やされているのに驚きました。今までは、なんの意識も持たず、研修に参加するだけという、一方的に受け取るだけでした。今回、このことに気付き、今までの自分の意識の低さを恥ずかしく思うと同時に、これまで運営に関わってこられた方々に頭が下がりました。
 また、自分が一会員であるという当然のことを、理事になることで再認識致しました。会員として自分ならどうしたいか、どうしてほしいか、そう考えることで自分自身が一会員であることを改めて実感しました。与えられたものに対して考えることはあっても、自発的になにかを考えていくというのは今までの自分にはなかったように思います。そして、そのことに気付いただけでも、自分にとっては収穫があったと思います。
 まだまだ、これからではありますが、理事として皆さんのお役に立てるよう、また、その中でより多くのものを吸収し、自身にとっても実りあるものにしていきたいと思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。

 

 

岡崎市民病院医療相談室  松井康裕

4月の人事異動により1年ポッキリで病院から出たため、143号が皆さんの手元に届く頃には協会を退会していますので、図らずも「退会の挨拶」になってしまいました。
 理事になったのも昨年4月、入会(再々入会)と同時でした。これって内規上問題ありますよ、ね。近々改正されるようですが…。
しかし…、公務員の宿命とは言え、「落ち着かない人だねえ(笑)」(某理事)。人生足別離<サヨナラだけが人生だ>。またしても逃亡します。
 いただいた仕事は会報担当でしたので、1年間ヒト様の原稿ばかり読ませていただきました。20年近く前にも会報担当だったのですが、その頃はカメラを片手に取材原稿も書いていました。こんな作業はなくなりましたが、偶数月の下旬から奇数月の中旬までメールで執筆者・担当理事・印刷所とのやり取りで結構忙しかった、でもいい経験でした。
 ブロックの仕事も、熱心な会員のみなさんの声に合わせて研修や見学(+飲み会)を企画、実施しただけで、楽しかったという想い出しかありません。
 理事には大変若い方が多く、ボクのようなジジイは希少価値でしたが、おかげで元気をいただきました。皆さんのおかげです。感謝いたします。
 4月からは岡崎市社会福祉協議会で在宅介護の仕事をしています。介護予防の仕事は、注文を待って仕事をするケアマネージャーとは異なり、アウトリーチ(地域のボランティアをネットワーク化し、住民の協力の「輪」を作る)の手法を駆使しなくてはなりません。37万都市でこれを現実化するのは、なかなか骨の折れる作業ですが、MSWとの連携にもなるので、ボクの仕事の集約と思って取り組んでいくつもりです。

 

 

知多市民病院 水野幸

平成18年度より理事を担当することになりました。理事の話があったときには、まだまだ自分が未熟者で荷が重過ぎるのではないか、という思いもありましたが、恥をかくなら今のうちか、とも考え、お受けすることにしました。
 ワーカーとして就職した頃、県協会の基礎講座によく参加させていただいたのですが、その中で今でもよく覚えているエピソードをご紹介したいと思います。
 それぞれ経験年数の異なる3名の方々に、体験談をお聞きした席でのことです。ひとりの方のエピソードの中に「ワーカーは『北風と太陽』で例えるならば太陽のような存在でありたい」というものがありました。『北風と太陽』とはご存知の通り童話のひとつです。北風と太陽はある男性のマントを脱がす競争をします。北風は必死にマントを吹き飛ばそうと頑張りますが、男性はマントをしっかり握り締め結局失敗に終わります。ところが太陽が暖かな光で包んだとたん、男性は自らマントを脱ぐという話です。
 仕事をしている中で、なかなか事態が思うように動かない場合に、患者さんの側に立つという視点を忘れないようにと思いながらも、ついつい焦りを覚えたり、ジレンマに陥ったりすることがあります。そういう時に自分の胸に手をあてて振り返るひとつの支えになっています。
 今回、理事として様々な協会活動の裏側を見る機会がありますが、たくさんの理事の方々の労力があり成り立っているのだということを今更ながら感じております。
 そして私は広報を担当しています。今まで何気なくいつも目にしてきた広報誌ですが、自分がかかわるようになって愛着をもつようになりました。これまで2ヶ月に1度、原稿の依頼の際に様々な所属機関の方々と接する機会があり、それも役得かなと思っております。今後も微力ながら尽力していきたいと思っております。宜しくお願い致します。

 

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総合大雄会病院 長尾貴子

私が理事になったのは、突然のことでした。
 海南病院の佐藤さんから電話があり、「Aさんが理事の任期を1年残して、退職することになった。一宮地区は会員の参加が少ないので、一宮で誰か理事を出すように。」との指令でした。返事は「はい。」私は、可能性がありそうな会員に電話をかけ勧誘しましたが、誰も引き受けてはくれませんでした。そこでやむなく私が責任をとる形で、1年任期の約束で理事になったと言うわけです。
 理事になってみてはじめて、県協会の全体像が見えた気がしました。常任理事会・理事会・各担当・委員会・部会・ブロック等が有機的に機能しながら会の運営を支えていることが、よくわかりました。理事としては何も知らず、役に立たないまま任期を終えることになり、理事・ブロックの会員の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ないと思っています。その代わりといっては何ですが、当院の若手を理事(人質)として送り込みますので、何なりとお申し付けください。
 今、任期を終えようとして思うこと…..。
若い方たちには、積極的に県協会の活動に参加して、横のつながりを持ちながらMSWとして進むべき道を見据えた活動ができるよう願っています。(研修会に参加すると若手の多さに圧倒されていましたが。)
 そして、中堅や管理業務に携わっている方々には、来年度、業務管理について意見交換する場が提案されていくと思いますので、どんどん参加して欲しいと思います。もちろん私も参加します。
 私は、理事は降りますが、今後も研修会・部会・ブロック活動、そして医療ソーシャルワークの資格化を目指す活動にも参加していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

介護老人保健施設フジオカ 小出暁子

平成18年度より広報担当として理事をさせていただいております。
 今回、理事のお話をいただき、色々悩みながらも、理事をお受けすることで自分のプラスになるのではないかと思い、お受けをしました。しかし、初めて理事会に参加させていただいた時に、周りを見渡すと、ベテランのワーカーさんばかりで、ワーカーになって4年目になる駆け出しの私がこの場にいてもいいのだろうかと本当に心細くなりました。不安な気持ちを抱えたまま始まりましたが、先輩方に支えていただきながら、なんとかここまで来ることができました。
 私は、大学を卒業して、現在の職場で支援相談員として就職しました。施設の開設と同時に就職をし、施設だけでなく、支援相談員としての私も手探りの状態でスタートしました。開設からスーパーバイザーとなるワーカーがいなかったため、協会が開催する研修などに同僚と共に、積極的に参加をしながら、ワーカーに必要な知識や技術を学んできました。様々な研修を開催してくれる協会があることが新人ワーカーとしては本当にありがたかったですし、心強かったです。現在でも自分の知識・技術不足を痛切に感じていますが、それでも(皆様のご協力もあって)ここまでやってこれたことは貴重な体験ができたと思いますし、色々な面で度胸がついたような気がします。
 理事として、私が行っている広報の仕事は、愛知県医療ソーシャルワーカー協会の会報を作成するために、会員の皆様に原稿作成の依頼をして、回収をすることなどがあります。そのため、これからも様々な原稿の依頼等で、会員の皆様にお願いをさせていただくことが出てくると思います。無理なお願いをさせていただくことがあるかもしれませんが、その節はよろしくお願い致します。また、こんなことを広報に載せたい等のご意見・ご要望がありましたら何でもおっしゃってください。たくさん取り入れて会員の皆様により良い広報を提供していけたらと思っています。
 「一期一会」、様々な方との出会いを大事にして、理事として自分なりにできることを頑張って取り組んでいきたいと思いますので、これからもよろしくご指導の程よろしくお願い致します。

 

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医療法人木戸病院 川口紀子

今年度より、東三河ブロックから理事をさせて頂いています。
 担当では、協会の各種研修の段取りなどをお手伝いさせて頂いています。実際、理事になるまでは、この協会がどのように運営され活動が動いているのか、ほとんど知らずにいましたが、仕事の傍らにこれだけの会員を抱える中での名簿の管理や研修の段取りなど、どれほど大変なことだったか気付かされました。これまで協会を運営してこられた方々にただただ頭の下がる思いです。また同時に、この大きな協会の運営に、会員の一人ひとりの声を届かせることの難しさを感じ、それこそ自分がブロックを代表しているのだから、ブロックの会員の思いをすくい上げ、積極的な参加を促していく役割を自分が担っていかなければならないと感じています。
 「嫌われ松子の一生」という本を読みました。昨年の夏から映画やドラマのなってコメディータッチな話になっていますが、原作本では、もっと暗く淡々とした話に描かれています。この本では「ホームレスと見紛うような格好の50代女性がリンチに遭って死亡した」という事件を報じるニュースから始まります。この死亡した女性(松子)の最期に、誰ひとりとして悲しみ死を惜しむ人はありませんでした。晩年の松子は、周りから嫌われ疎ましがられた存在だったのです。しかし、この小説では、このような最期を遂げた松子がどのような一生であったのか、少しずつ遡りながら解き明かしていきます。その中には、“確かにそこに生きた”松子の青春や足跡があり、唯一無二の愛すべき人生がそこにあったのだということに気がつかされ、松子に当初持った印象は、人生を知った後では全く変わるのです。そして、「嫌われ」て「ホームレスのような」という印象から何らかの偏見を持ち、松子の人生の歴史を知ろうとしなかった自分がいたことに気がつかされました。
 私もこれまで多くの患者さんと出会って着ましたが、出会いはいつでも、その方の人生のある一点での出会いです。出会った時、その方のそれ以前の人生を全て知ることはできません。しかし、ソーシャルワーカーが人と関わるとき、その方がどのようなライフストーリーを持ち、今ある問題をどのように捉えているのかという視点での関わりを欠かすことができません。ライフストーリーに耳を傾けること、つまりは隣に寄り添い共に考える姿勢を、改めて大切にしていきたいと感じました。私は、療養型の病院に勤めていますが、病院の性質上まさに当院で人生の幕を降ろす方がとても多いです。80年90年というかけがえのない歴史を持つ患者が療養する病院として、その重さを改めて痛感します。やり残している仕事は、まだまだたくさん・・・。皆さんもそれぞれにご自分の使命感に燃えているかと思いますが、お互いに張り切って踏ん張りましょうね!!

 

 

佐藤病院 菊地和弘

『頼まれ事は試され事』。今年度より理事をさせて頂いております。

MSWになり4年と半年以上が経過しましたが、入職当初の自分を思い返すと何も出来ていないのがわかっていながら、ソーシャルワークをしている気になり、先輩・上司からのアドバイスも素直に聞き入れられない事も多々あったような気がします。今でも周りから期待されるような事は出来ていませんが、MSWの魅力・楽しさもあり今日まで続けられていると思います。

以前は、「こんなMSWになりたい」ですとか「あんなMSWになれたら良いな」という思いを持っていましたが、そのような思いを持つよりも「今、楽しくMSWをする」という考えに変わっていきました。「楽しく毎日を過ごしていれば、いつしかなりたい自分になれていた」と良く聞きます。

ある人の言葉で、『どっちが正しいかを考えない。主張しない。どっちが楽しいかを考えよう』という言葉があります。善し悪しといった二元的なものではなく、多様性を受け入れるだけのものを持ち合わせていても良いのではないかと思います。

 今でも業務の中で、批判や指摘される事はありますが、「今、楽しく」いる事で、素直に聞き入れる事が自分には出来るようになりました。MSWの仕事は多くの人と話しをしたり接する機会が多い為、いろいろな環境の中で業務をする事になります。環境の善し悪しを考え、その環境を変えるよりも、自分自身を変えた方が、ずっと楽しいような気がします。

毎日『今日もついてる、ありがとう』と思いながら、日々の業務を楽しんでいます。

 

 

新生会第一病院 山下純子

 会員の皆様、はじめまして。平成18年度より名古屋南ブロック理事を務めさせていただいています、新生会第一病院の山下です。研修を担当していますので、研修の企画等、ご希望がありましたら気軽にお声をかけてください。

 現在、私はケースワーカー業務とケアマネ業務を兼務しています。介護保険法施行・改定、障害者自立支援法施行、健康保険法改定等など、医療・福祉業界を取り巻く情勢はまさに激動で、生存権すら脅かす時代を迎えています。

 その時代の中、リアルタイムでワーカー業務、ケアマネ業務を行っています。ケアマネ業務で、患者さんのお宅へ訪問し、病院では見ることのなかった、自宅で生活できる喜びの表情や家庭人としての表情をみて、充実感を覚えると同時に感じることは、焦燥感と危機感です。次々と積み上げられる業務の中、患者さん一人一人の考えや価値観をよく聴いて、面談できているだろうか?結局は私自身の価値観で患者さんの訴えを聴かずに過ごしているのではないか?といった焦燥感。そして、聞こえのいい言葉で実は社会の規定から外れた人を切りすてていく価値観、普通の人が人を裁き、「弱いものが弱いものをたたく」時代に対する、大きな大きな危機感。

 経済効率優先の考え方の中で、いかに患者さんの(明日はわが身というところでは、自分たちの)当たり前の生活が守れるのかが、非常に先行き不透明な時代になりました。

 しかし、こんな時代だからこそ、当たり前ですが、私たちワーカーの専門的立場を明確にし質の研鑽を図ることは、必要不可欠であり、より一層ワーカーの医療機関の中での役割が重要になってくるとも思います。この危機的時代に一人ではしりごみして後退しそうになっても、県協会という大勢の仲間と共に、乗り越えられたら、と思っています。

 今後ともよろしくお願いします。

 

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豊田地域医療センター 山内聖

 平成19年度より理事を務めさせていただいております。皆様に今、手にとってご覧いただいている広報の担当をしております。これまでいつも当然のように届くものと思っていた広報誌ですが、まさか自分が作り手の側になろうとは、1年前には夢にも思っておりませんでした。広報担当として、協会員の皆様や諸先輩理事の皆様に原稿執筆をお願いし、快くご協力いただけることで初めてこの1部の広報誌ができあがることを考えると、人と人とのつながりや組織を支えることの労力といったこれまで目に見えなかったもののありがたみを実感しております。
最初、理事のお話をいただいたときは、本当に私のような者で務まるのだろうかと不安で仕方がなかったことが思い出されます。超がつくほどネガティブな私のような者でも何かのお役に立てるのならば、とお引き受けして気がつけば光陰矢のごとし。ちゃんとやれているのだろうか、役割は果たせているのだろうかと相変わらず迷い戸惑う今日この頃。人の本質とはそうそう変わらないものではありますが、せっかくこうして理事という貴重な経験をさせていただくことができたのですから、受け身でない立場で自分の仕事を、自分自身を見つめ直す良いチャンスに恵まれたと思い、日々精進したいものと思っております。
未熟者ですが皆様のお役に立てるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

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メディコ春日井 水野愛

 昨年の10月より尾張北部第2ブロック理事、企画担当をさせていただいております。今まで研修案内やお知らせが自分の元に届き、研修に参加させていただくだけの一会員でした。それが急に大先輩から理事という大役を引き継ぐ形となり、初めは本当に私でよいのだろうかと戸惑いました。それに、病院で働いていらっしゃる方が多い中で、老人保健施設の支援相談員の経験しかない私に務まるだろうかとも思いました。
しかし、理事会に出席し、何をするにも理事の皆様はじめ、会員の皆様の密な連携と協力で成り立っていることを知り、少しでも力になれたらと思うようになりました。また、病院側から見た介護保険施設とはどういうものなのか、受入れ相談時にどんな情報を提供したらよいかなど、普段業務にあたっているだけでは解らないことを知る機会が増えました。  
普段の業務で迷うことがあれば、頼れる先輩方がすぐ相談に乗って下さる温かい環境にいる私にとって、ワーカー協会は、仕事とはまた違った視点で物事を考える場でもあります。
 これからますます病院と介護保険施設など様々な分野での連携が必要になると感じているので、一会員として協会の運営に少しでも協力できたらと思っています。本年も気持ちを新たに頑張っていきたいと思います。経験不足で御迷惑をおかけすることと思いますが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

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介護老人保健施設 あおみ 坂口邦彦

 今年度6月より県協会理事として、研修担当をさせていただくことになりました。
今回、理事の話をいただいた時には正直戸惑いました。たしかに事業所内の業務以外のことについても取り組んでいくべき時がきたとは思いました。しかし、私の場合MSW歴としては7年目を迎えますが、同時に老人保健施設歴も7年という老人保健施設の支援相談員としてだけの経験しかない自分がきちんと役割を果たしていけるのかと大きな不安がありました。ただ、私自身が新人であった頃1人ワーカーであったため、相談をできる先輩もおらず、県協会の研修に参加をしては同年代の方と意見交換を行い、諸先輩方の話しを聞いて勉強をし、励みになったことを思い出しました。研修という場があったからこそ現在の自分があり、自分自身の職場だけでは発見できないものを見つけ出すよい機会であると思います。そういった場を今後は提供していけるようできる限りのことは行っていこうと思います。
県協会の研修においては、皆さんが参加をしやすく、参加をしたいと思えるような研修を考えていきたいと思います。協会活動ではまだまだ分からないことばかりで右往左往している毎日ですが、活動の中で自分自身も成長していきたいと思います。宜しくお願いいたします。

 

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渥美病院 大場智沙子

 今年度より、東三河ブロック理事、広報担当させていただいております。MSWとして入職し、3年目となりました。一日一日があっという間で、時間ばかりが過ぎ、まだまだ力不足の自分に恥かしい気持ちもあります。
 こんな未熟者の私が、理事という役をいただき、不安な気持ちが大きいというのが正直なところです。今まで参加させていただいた研修会等や、一組織が協会として運営されているのも諸先輩方のお力のおかげと思いただただ頭が下がる思いです。せっかくいただいた機会を大切にし、自分自身大きく成長できるよう、そして少しでも協会運営に役立てるようがんばっていきたいと思っています。
 理事を通し、他施設・他機関のMSWの方とお話できる時間は、とても貴重で、自分自身の刺激となっています。現在、広報を担当しておりますが、広報誌一枚も皆様への依頼から始まっています。今までは当たり前のように読んでいた広報誌ですが、協会員の皆様の協力があって成り立っているのだなと実感しました。今後、広報として皆様のもとへご連絡させていただくこともあるかと思います。その際はどうぞよろしくお願いいたします。皆様の楽しみとなるよう、広報一同で作っていきたいと思います。
 私自身、「よしっ!」と気合を入れ、仕事をしております。理事としても「よしっ!」と気合を入れ取り組んでいきたいと思います。自分自身まだまだ経験不足でご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、今後ともよろしくお願いいたします。

 

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介護老人保健施設フジオカ 加藤卓司

平成19年度の8月より広報担当理事をさせていただいております。前任の理事の方が諸事情により退会され、私がその後を引き継ぐことになりました。
理事を務めるのは今回が初めてのことで、新入社員のような不安と緊張を久々に感じています。諸先輩方のご協力を頂き、微力ながらも頑張っていきたいと思います。
 老健の相談員として6年目を迎えようとしていますが、試行錯誤を重ねる毎日で、時折、自分の行なっている事が正しいのか間違っているのか曖昧になる時があります。そんな時は初心に返り、自分自身や相談援助のあり方を見つめ直すことも少なくありません。
相談員として福祉的な視点と経営的な視点のバランスを取る難しさ、特に福祉的視点ではご家族・ご利用者の要望と、現場職員の要望が相反した時ジレンマに陥り、葛藤を覚えることもあります。専門職によって倫理観の違いもありますが、現場職員や他機関関係者とよく話し合い、ご家族・ご利用者により良い援助が提供できるように努めています。
これまでの相談援助を通じて、専門職としての主観的・客観的な見解が持てるようになってきたと思います。今後はこの自信が慢心にならないよう心掛けながら、切磋琢磨していきたいと思います。

 

 

メイトウホスピタル 松村香織

15年前の話である。志望校に受かり、初めての夏休みを迎えた彼女は、地元でボランティア活動に夢中になっていた。当時、彼女は、つきあっていた人がいて、高校は離れたが、毎晩お互いの生活の様子を電話で報告し合っていた。
8月の終わり。早朝、友達からの電話で起こされた。「○○が死んだって・・・。」
今と違い、携帯電話はない。事故現場へ向かったが、ここで死んだという実感がわかない。彼の家へ行った。柱にもたれ、放心状態の母親。その前で静かに身体を横たえる彼。「一番会いたかった人が来てくれたよ。」彼の母親の言葉に、彼女の中で何かが切れた。昨日まで、声が聞けたその人がもういない。優しい彼の瞳を見ることはもうできない。涙があふれた。同時に、彼女はわからなくなった。目の前にいる彼は誰だろう、人が死ぬとはどういうことだろう、今生きている私と彼は何が違うのだろう。
そして、彼女は医療ソーシャルワーカーとして生きる道を選んだ。福祉の世界へすすむことを応援してくれた彼、いのちの大切さを教えてくれた彼。さまざまないのちが行き交う病院で、福祉の仕事をしたいと思った。
今年の春、彼女はMSWになって、10年目を迎える。2年前に結婚し、夫も今の仕事に理解を示してくれている。スタッフとの信頼関係、地域とのネットワークも少しずつ構築し、今年度は理事も経験させていただいた。一人のMSWとして、やっと一歩足を踏み出したところである。最近では、いろいろな職種がこぞって、MSWの業務に踏み込もうとしているが、やはりMSWでしかできないことがあると思う。そんな彼女がいつも心がけていることがある。それは、いのちを粗末に扱わないことである。不器用でもいい。後輩MSWたちにも、いのちの大切さを教えられるMSWになりたいと考えている。

 

 

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総合大雄会病院 阿部沙織

私が今の病院に就職したのは、退職を1年後に控えた先輩ワーカーの後任のためである。その先輩ワーカーは上司や周りの病院スタッフから信頼されており、1年目の私にとっては大きな存在だった。そして、プレッシャーでもあった。
そんな先輩が相談室から抜けることは、大きな打撃であることはよく理解していた。少しでも早く成長して少しでも早くマイナス1人前から0人前、半人前、そして本当の1人前になりたかった。そして、上司や先輩ワーカーを安心させ、自分も一人のソーシャルワーカーとして胸を張りたかった。(そんなことは1年目では無理だと分かっていても…)
あれから数年経つが未だ1人前にも到達していない。ちょっとしたことでくよくよしては周りから励まされ、胃を痛めては労わってもらい本当に情けない(笑)こんな私が理事の仕事をすることが決った時、恥ずかしくもあり、不安でもあった。しかし理事の仕事には本当に多くの事を学ばせてもらっている。こんな大きなチャンスを与えてくれた上司や会員の皆様に感謝をしたい。
また何年か先に、いつか中堅と呼ばれるようになり、ベテランと呼ばれるようになった時に再び理事の仕事をさせてもらう機会があれば、今とは違った目線で協会活動に参加できるのではないかと思う。その時の事を考えると、わくわくする。理事を頼まれると、多くの人が敬遠してしまうが、やって損なし!と、是非お勧めしたい。

 

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西尾病院 高須雅人

今年で就職して7年目になります。
経験を重ねるにつれ、自分で気付かない内に、後輩の数と体重は比例して増え、さらに腹囲と共に周囲から期待は膨れて、そんな周囲からの無言の圧力に耐え切れず前年度より理事の大役をやらせていただいております。決して渋々ではありません(笑)
理事になって感じることは、他の理事の方々もおっしゃっていますが、やはり協会運営の大変さです。不良会員だった自分を只々反省するばかりです。ただ協会運営という新しい仕事は、新人時代の新鮮な気持ちを思い出させてくれました。思い返すと、先輩と実質的な上司不在の中、過ごした一年目。同期と、参考書と、そして当協会に支えてもらえたからこそ、何とかやってこられました。現在も同じように、先輩不在や、一人ワーカーという環境で苦しんでいる会員の方は多くいるのではないでしょうか。研修担当として、そんな方々に少しでも力になれるような研修が出来たらいいなと感じています。
早いもので、「don’t trust over thirty!」 と臆面もなく声高に叫んではしゃいでいた年齢から10年。30歳を超えた今からが真価の問われる時です。二十歳の自分に信頼してもらえるよう、今から勝負です。その為に、今後も日々精進していきます。そして今年度も、初心とメタボ予防を忘れないように頑張りますので、皆さんも是非研修にご参加下さい。

 

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